第5話:日常の買い物を「備え」に変える店づくり。小売業の経営企画と防災ロードマップ

- 登場人物
- 野村: 小売企業 ○×ホールディングス株式会社 経営企画部 課長。全社的な「地域共生」の方針を、具体的な防災施策に落とし込むミッションを背負っている。
- PORT担当: PORT プロジェクト担当。小売業の特性を踏まえ、防災を「コスト」ではなく「ブランド価値」として再定義するサポートを行う。
【モデルケース】
小売企業の経営企画担当者様との会話シミュレーション。「地域共生」の方針を、店舗 BCP の標準化や日常の売り場づくりへと具体化する、防災戦略ロードマップ策定のご提案です。

PORT担当
本日はお時間をいただきありがとうございます。事前に『地域に選ばれる店づくり』という経営方針の強化に伴い、防災・減災の観点から現状を見直したいと伺いました。
全社的な方針策定から店舗オペレーションまで範囲が広いかと思いますが、野村様がいま最も課題感をお持ちのポイントはどのあたりでしょうか?

野村
そうですね……一言で言えば『ちぐはぐ』なんです。
経営層は『災害時に地域を支える拠点になれ』と言いますが、現場の店長たちにどう動けと言うのか、具体的な指針がありません。
結果として、熱心な店長がいる店舗は自治体と独自に協定を結んだりしていますが、そうでない店舗は何もしていない。会社として標準化できていないのが現状です。
まずは、このバラバラな状態を体系化して、全社一律のベースを作りたいと考えています。

PORT担当
なるほど。個人の力量に依存してしまい、企業の『ブランド』として統一された安心感が提供できていない、という状態ですね。
全社方針を現場の具体的な動き、つまり『店作り』に落とし込む上で、最も分かりやすくその姿勢を体現できるのが、実は『商品政策(マーチャンダイジング)』です。
建物などのハード面だけでなく、日常の売り場づくりにおいて、防災や備えの提案は現状いかがでしょうか?

野村
そこも悩みの一つです。
防災グッズは置いていますが、正直、売上は微々たるものです。年に一度の防災の日に合わせてコーナーを作る程度で、普段は売り場の隅に追いやられています。
『地域貢献』と言いながら、お客様に必要な備えを提案できていない。これでは競合他社と差別化できませんし、何より『本気度』が伝わらないですよね。

PORT担当
おっしゃる通りです。実はそこが一番のチャンスでもあります。
従来の『非常用持ち出し袋を売る』という発想から、『日常の商品がいかに災害時に役立つか(ローリングストックなど)』を提案する売り場に変えるだけで、お客様の意識は変わります。
これは単なる物販ではなく、店舗からの『啓発活動』になります。
スタッフ様が自信を持って商品を提案できるようになれば、それが自然と『日常の買い物の中で、防災のきっかけを提供する存在』としての信頼につながりますが、そうした教育の仕組みは現状ございますか?

野村
いえ、全く……。現場任せですね。
スタッフも『何を勧めたらいいか分からない』のが本音だと思います。
ただ、教育をするにしても、自治体との連携協定の話にしても、現場の負担が増えることを懸念しています。
『災害時にお店を開けてくれ』『物資を出してくれ』と地域から過度に期待されても、従業員の安全が第一ですから、どこまで約束していいものか、その線引きが難しくて。

PORT担当
その『線引き』こそが、経営企画部様が定めるべき最も重要なルールです。
私たちはよく『支援の前に、自立がある』とお伝えしています。
まずは御社の従業員と店舗を守る(BCP)。その余裕ができた分だけ地域に提供する。この優先順位を明確にしないと、現場は混乱し、疲弊してしまいます。
逆に言えば、『ここまではやるが、これ以上はできない』というラインを明確にして行政とあらかじめ共有しておくことこそが、誠実な地域連携ではないでしょうか。

野村
言われてみれば、確かにその通りですね。
『地域のためには無理をしてでも貢献しなければならない』と、私自身が少し気負いすぎていたのかもしれません。
まずは店と従業員が無事でなければ、地域を支えるどころではない。従業員を守ることが、巡り巡って地域を助けることになる。そのロジックであれば、現場の負担を懸念する店長たちも、納得して前向きに取り組んでくれそうです。

PORT担当
ありがとうございます。そのロジックが固まれば、あとは具体的なアクションに落とし込むだけです。
無理のない範囲での『商品提案(平時の貢献)』と、明確な基準に基づく『災害時対応(有事の貢献)』。この2つを整理することで、御社らしい防災モデルが作れるはずです。
まずは意欲のある数店舗を『モデル店』として選定し、そこで防災売り場の売上効果と、オペレーションの負荷を検証する。
その実績を持って全社展開、あるいは地域特性に合わせた選択制にする、といった『段階的なロードマップ』を描いてみましょうか?

野村
ええ、ぜひお願いします。
何から手をつけるべきかが見えていなかったので、まずはそのロードマップを作って、経営会議にかけられる状態にしたいです。
他社の小売事例なども交えて、たたき台の作成をお願いします。
ご提案
「地域共生×店づくり」収益と貢献を両立する防災戦略ロードマップ策定
- 目的: 「現場の安全」と「地域貢献」の境界線を定義し、現場の納得感と収益性を両立させながら段階的に導入するための計画策定。
- 内容: フェーズ1(守り):従業員安全確保ルールの策定と、行政連携における「対応可能範囲(優先順位)」の明確化。/フェーズ2(攻め・検証):モデル店舗を選定した「防災商品提案」の実証実験。日常使いの商品を防災視点でPRする売り場づくり支援。売上貢献度と現場負荷の検証。
- アウトプット: 経営会議提出用の「防災施策 3カ年導入計画(モデル検証〜全社展開判断のマイルストーン含む)」および「優先順位表」。